
結婚生活も会社生活も、人生の修行だなと、最近つくづく感じる。
修行といっても、辛さや大変さを指すのではない。
むしろ、幸せに生きるために必要な「巧みな生き方の知恵」を学ぶことだ。
結婚においても、仕事においても、
45歳になった今でも「自分はまだまだ未熟だ」と感じる場面は少なくない。
感情にのまれてしまうとき。
自分を省みず、相手を責めてしまうとき。
思い返せば、そんな場面はいくつもある。
ブッダの教えに、こんな言葉がある。
「愚か者は、自分を愚かだと思わない。
愚か者であることを知らないのが、まさに愚か者である。
愚かさを知る者は、その時すでに賢者に近づいている。」
つまり、自分の愚かさに気づかない人こそが、真の愚か者だということだ。
調和が崩れたとき、常に「自分が100%正しい」と主張し続ける人。
おそらく、そういう人のことを指しているのだろう。
今の時代、相手の感じ方や捉え方に何かを指摘すると、
すぐに「パワハラ」「モラハラ」と受け取られてしまう。
人を守るための制度として、それは確かに大切だ。
ただ同時に、幸せに生きるための「気づきを得る機会」までもが、
少しずつ失われているようにも感じる。
本来であれば、若い時ほど気づきを得るチャンスは多いはずなのに。
人は、他人を変えることはできない。
けれど、自分を整えることは、いつでもできる。
心を乱すのも、自分。
心を静めるのも、自分。
だからこそ、
自分を正しく制する力を養うことが、幸せへの近道なのだと思う。
幸せな人生とは、周りが思い通りになることではない。
自分を少しずつ磨き続けていくこと——その積み重ねなのだと思う。
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