服を選ぶミニマリストとして、いま“選ばない風潮”に思うこと【前編】

白と黒を基調にしたミニマリストのクローゼット。シャツやパンツが整然と並ぶ収納。

私は、自分のことをミニマリストだと思っています。
1年以上使っていないものは手放しますし、
会社でも「2年以上使っていないものは処分していい」と伝えています。
モノを持ちすぎない、という感覚は、暮らしにも仕事にも、必要なリズムをもたらしてくれるからです。

ただそれでも、私は毎朝、服を選びます。
それは、無駄だからではなく、大切だから。
このことについて最近、あらためて考えることが増えました。

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「服は選ばなくていい」 そんな考え方が広がっている今

スティーブ・ジョブズが毎日同じ黒のタートルネックを着ていたことは有名です。
マーク・ザッカーバーグもグレーのTシャツを“制服”のように着続けていると語っています。

「服を選ばない」ことで意思決定の負担を減らし、
もっと大切なことに集中する。
その合理性とストイックさに、私自身も共感する部分があります。

カフェでコーヒーを片手にノートパソコンを見つめるスーツ姿の男性。装いと内面を考えるシーン。

そして近年は、ミニマリズムの広がりとともに、
「服は最低限でいい」「悩むくらいなら統一した方がいい」と、
選ばないことが洗練されたライフスタイルとして語られる場面も増えてきました。

でも私は、そこに少しだけ違和感を覚えています

私が感じるのは、
その“選ばない”という選択の中に、何かを諦めているような気配があることです。

たとえば男性の友人の中には、
• 「服を選ぶのが面倒」
• 「何が似合うかわからない」
• 「どうせ何着ても妻にダサいって言われる」
• 「正解がわからないから、もうずっと同じでいいや」

そう語る方が少なくありません。

つまりそれは、選ばないというより、
選べないまま、立ち止まっている状態なのかもしれない。

そして、「服を選ばない自分」に安心しているうちに、
自分という人間の輪郭や、空気や、存在感のようなものが、
少しずつ、薄れていっているようにも感じるのです。

私にとって、服は“整える”ための道具

木目と間接照明で統一された高級感のあるクローゼット。服を選ぶことが楽しみになる空間。

私が毎朝服を選ぶのは、「誰かによく見られたいから」ではありません。
その日、その瞬間の自分に向き合うためです。

その日の服を選ぶことは、気分に合わせて自分の状態を言語化するような行為です。
外側から整えることで、内側の輪郭がはっきりしてくるような感覚があります。

そうやって、その日の自分を服というかたちで整えることが、
私にとっては暮らしを支える小さなルーティンになっています。

最後に

「選ばない」ことでラクになれる人もいる。
でも、「選ぶ」ことで自分にとっての快さや安心感に気づける人もいます。

ミニマリストかどうかは関係なく、
自分に必要なものを、必要な分だけ選べばいい。

私はこれからも、
モノは少なく、でも服はきちんと選ぶ。
そんなバランスを大切にしたいと思っています。

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この記事を書いた人

無難を選びがちな日本人男性に、色と柄を楽しむことの面白さを伝えたい。褒められることで、自信が芽生える。気分が上がることで、視界が変わる。色と柄がくれる、そんな小さな変化の積み重ねが、きっと“新しい自分”を連れてきてくれる。「ファッションは、自分をもっと好きになるためのもの。」それが、Utsubo Stockの原点です。

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