ファッションと結び目
数学に入る前に、ファッションにおいてどのようなところに結び目が使われているのか、見てみましょう。
ウツボストックで取り扱うような紳士服では、主にVゾーンなどの首回りに深い関係があります。
というのは、ネクタイであったり、夏に大活躍するようなネッカチーフ、冬のマフラーやストールは結んで使用することが多いからです。
結び目,絡み目とは
<定義>
1本の紐の端を自由に動かし、最後に両端を繋げたものを結び目と定義する。
また、いくつかの結び目の集合を絡み目と定義する。
数学で結び目を扱う場合には紐の両端を閉じたもの、つまり輪っか状になったものを考えていきます。
なぜなら、もしも紐の両端が開いたままであれば、結んでいたものがいつの間にか結んでいないようになってしまう、つまり解けてしまうからです。
これではどこまでがちゃんと結んでいるのかが明確ではありません。
しかし、紐の両端を手で持ったり、繋げたりすることで閉じてしまえば、解けることは無いので、この様な曖昧さは現れません。
また、これらは、立体空間の中に入っているものですが、紙にその図を描くときには、ある平面に影を映したもので表します。 このとき、結び目の2つの点が平面上の同じ点に映る場合、その上下関係を込めて描きます。
こうしてえられたものを結び目図式といいます。
上記では、かなりかみ砕いて説明をしましたが、数学が好きな方は以下の説明の方が分かりやすいと思います。
結び目:3次元空間に埋め込まれた円周で、自分自身と交わらないもの
絡み目:いくつかの結び目の非交和(共通部分が空集合であるような和集合)
以上より、結び目は絡み目の一種と考えることができます。
補足
組み紐:何本かの紐(n 本とします)を垂らして編んだもの
組み紐では、z-座標が一定の平面で切ったとき、常に交点の個数が n (n) でなければいけません。
更に、n 点の最上点と最下点の平面内の位置は同じである、と仮定します。 ただし、一番上の平面で左から i 番目の点からスタートする紐が最下点で、やはり左から i 番目である必要はありません(このような組み紐は特に pure braid と呼びます)。
これらは、3次元空間内で扱いますが、2次元で表す(微分ではない)とき、平面に射影したもので表します。
このとき、結び目の交点は、その上下関係を込めて描き、結び目図式とします。
例
最も簡単な結び目、それは輪ゴムのような結んでいない結び目です。
一見矛盾しているような文章ですが、この「結び目」はちゃんと定義に当てはまっています。
この結んでいない円周のことを「自明な結び目」と呼びます。
次に最も一般的な結び目を紹介します。
いわゆる、一重結びのことを数学的には「三葉結び目 (trefoil)」と呼びます。
「同じ」結び目
結び目のみ取り出して考えれば、どんな結び目であっても、円周と同じだと考えることができてしまい(同相)、この結び目理論においては意味がありません。
なので、「対象とする円周が三次元空間にどのように存在しているのか」を考えなければなりません。
そのため、「結び目が同じ」であることの定義を次のようにします。
二つの結び目が同じ(isotopic)であるとは、二つの輪状の紐を切ることなく連続的に変形することで、一方を他方に重ね合わせることができる事を指す。
この事実を受け入れ、次の段階に進みましょう。
二つの三葉結び
前述した三葉結び目は、実は二種類存在します。
「左手系」の三葉結び目K-と、その鏡像である「右手系」の三葉結び目 K+です。これらは、名前の通り右手と左手のように、鏡合わせの関係にあるのでこのような命名がされています。
以下の図の三葉結びは同じように見えますが、実は違う結び方なのです。という事実を受け入れていただきたく思います。(と言いますのは、二つの結び目図式が同じであるか否かという問題が複雑であり、理解するのに時間がかかるからです。)

ちなみに、蝶結びは数学的には三葉結び目と同値であるため、一重結びとも同値であります。
時間に余裕がある方のために
二つの結び目が同じであることを証明することは簡単です。結び目を実際に変形して、どちらの結び目も同じ形であれば同じである証明になるからです。
では、二つの結び目が同じではないと言うことを証明するにはどのようにすればよいいでしょうか。
今回はK-と K+を例に「同じではない証明」をしていきます。
実際に二種類の三葉結び目を紐で作り、試してみると分かるのですが、何時間、試行錯誤しても同じにはなりません。しかし、だからと言って二つの結び目が同じではないつまり、異なるとは言えませんよね。
そこで結び目不変量を用います。そうすると両者の間で、結び目不変量が異なる値をとる時、異なる結び目と判断することができます。(不変量:数学的対象を特徴付ける別種の数学的対象のこと。数や多項式など、不変量同士の同型性判定がもとの対象の同型性判定より簡単であるものをとる。良い不変量とは、簡単に計算でき、かつなるべく強い同型性判別能力をもつものである。)
結び目不変量の上に成立するジョーンズ多項式では、集合 T は向きのついた結び目全体の集合、同値関係はイソトピック、集合 S は t の負の冪も許した整数係数多項式全体の集合になります。すると、結び目または絡み目 L のジョーンズ多項式 VL(t) は、次の2つの性質を持ちます。
・自明な結び目をOで表すと、VO(t)=1
・平面に射影した場合の交点における上下を以下のように定義し、
(これらを左から順に + 交点、− 交点、スムージングと呼ぶ)t-1 VL+(t)- tVL-(t)=(t1/2-t-1/2)VL0(t)をスケイン関係式として扱う。
これらを用いて多項式をつくることを目標にします。
そのためにまず、スケイン分解樹をつくります。スケイン関係式を用いて3種類の交点のどれかを、その他の2つに変えたできる絡み目図式を2つ描くということを、出てくる絡み目図式が、全て自明な結び目になるまで繰り返します。

分解樹をつくり終った後に次は下から順番に前述の性質を用いてジョーンズ多項式をつくります。
すると、左手系三葉結び目のジョーンズ多項式は、V-trefoil(t) = -t-4+t-3+t-1
一方で、右手系三葉結び目のジョーンズ多項式は、V+trefoil(t) = -t4+t3+tとなります。
よって、三葉結び目とその鏡像は違うことがわかりました。
ネッカチーフの結び方
一般的なネッカチーフの結び方として、本結び square knot と、縦結び granny knot が考えられます。ではどちらの方がほどけにくく、どちらの方がお洒落に見えるのでしょうか。
ブラケット多項式を用いると、二種類の三葉結び目はいかのように表せます。
〈左手系の三葉結び目〉=A7-A-5-A3
〈右手系の三葉結び目〉=A-7-A5-A-3

これらを用いて本結びと縦結びを数式で表してみましょう
〈本結び〉=-A12+A8-A4+3-A-4+A-8-A-12
=(A7-A-5-A3)・(A-7-A5-A-3)
=〈左手系の三葉結び目〉・〈右手系の三葉結び目〉
〈縦結び〉=A10+2A2-2A-2+A-6-2A-10+A-14
=(A-7-A5-A-3)・(A-7-A5-A-3)
=〈右手系の三葉結び目〉・〈右手系の三葉結び目〉
よって、本結びと縦結びは数学的にも異なることが分かります。
ではまず、どちらの方が解けにくいのかを考えましょう。
解けにくさは、強度として言い換えることができます。つまり、強度の高い結び方はどちらなのかということを比較します。
一般に、結び目はより多くの交差、そしてより多くの捻じれの変動が多いものの方が強度が高いとされます。
例えば、あるロープが左回転で結び目を強く引っ張っているとき、隣接するロープが右回転で捻じれていると反対方向の摩擦が両者の間に生じて、その結び目を安定させます。反対に、隣り合うロープが互いに同じ方向へ回転してしまうと、ロープは滑って結び目が弱くなってしまいます。
このことから考えると、二つの結び目の使用されている本結びでは、引っ張ったときに隣接する布が逆回転するようになっているのに対し、一つの結び目が二度使われている縦結びでは、引っ張ったときに隣接する布が同方向に回転するようになっています。よって、解けにくさの面では本結びの方が勝っています。
次にどちらの方がお洒落なのかを考えます。これに関しては個人個人の意見があると思うので優劣をつけがたいですが、結び方を変えると形に差がでるので実際にどちらが合うのかを試してみて下さい。
ネッカチーフの両端を体の横方向に逃がしたい場合、結び目が相殺し合い、平行になる本結びの方が適していますが、縦方向に逃がしたい場合は結び目が縦方向に交差する縦結びの方が良いでしょう。