AIが「似合う服」を選ぶ時代に、それでも私たちが服を選ぶ理由──1970年の万博といま、そしてこれから

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50年前の未来予想

今日、こんな面白いものを目にしました。
1970年の大阪万博で配られていた「三菱未来館」のパンフレットです。

(1970年大阪万博の三菱未来館パンフレット)

そこに描かれていたのは、当時の人々が思い描いた“未来の暮らし”。
回転する住宅、ボタンひとつで家事が終わる電子チェア、
健康管理も教育もすべて家の中で完結し、人はただ座っていればいい。

──50年前の「夢物語」は、いま、どこまで現実になったのか。

そして、その未来を生きる私たちが、
なぜ今でも「服を選ぶ」ことにこだわるのか?
そんな問いを立ててみたくなりました。

いま私たちが生きる現実

1970年、大阪万博の「三菱未来館」では、人々の暮らしがどう変化するかが詳細に描かれていた。

住宅は太陽に合わせて回転し、主婦は電子チェアに座ってボタンひとつで家事をこなす。
健康は家庭でモニタリングされ、教育は映像で家庭学習。
病院にも、通勤電車にも、会社にも、人の手間は不要になる。

それは、あらゆるものが合理化され、正確に管理される未来だった。

実際、私たちはその未来を生きている。
スマート家電、ウェアラブルデバイス、リモート診療、AIによる自動翻訳……。
この50年で、人間の生活は見事に最適化されてきた。

そしてその流れは、いま、ファッションの世界にも確実にやってきている。

「似合う服」は、もう自分で選ばなくていい?

現代のAIは、SNSの履歴や購買傾向をもとに「あなたに似合う服」「反応が良い服」「今日の気分に合う色」すら提案してくれる。

ウェアラブルデバイスがあなたのストレスレベルを読み取り、
「今日は落ち着いたグレーのニットを着ましょう」と教えてくれる。

もう私たちは、「悩まずに服を選ぶ」ことができる。

データはいつも正確で、冷静で、的確だ。

でも、それでも人は「自分で選びたい」と思う

だけど――。

私たちは、その“正解”をあえて外したくなる日がある。
• AIが提案する服ではなく、「なんとなく今日、これが着たい」
• 他人の反応よりも、「この服を着ていると自分がしっくりくる」
• 誰に見せるでもないけれど、「このコートは、私の大切な記憶」

それはつまり、服には感情、記憶、アイデンティティが込められているということ。

合理的な判断ではなく、「自分で選ぶ」ことそのものに意味があるのだ。

AIで何でも最適化できる時代、その先に残るものとは?

1970年の万博が描いたように、未来は便利になった。
でも、“便利”のその先にあるのは、きっと“人間らしさ”だ。

ファッションは、着る人の人生や内面、文化背景をまとう行為。
それはアルゴリズムが導く最適解では測れない。

むしろ、AIが「正解」を教えてくれるようになったからこそ、
私たちは「外れることの楽しさ」や「迷うことの豊かさ」に気づきはじめているのかもしれない。

変わるものと、変わらないもの

ファッションは、技術によってどんどん変わっていく。
素材は進化し、バーチャルで試着し、AIがスタイリングをする。

でも、服を着るときの「ときめき」や、
鏡の前でふと立ち止まる「私らしさって何だろう」という問いは、
おそらく、これからも変わらない。

おわりに:2075年の「服」を想像してみる

2025年大阪万博会場入り口付近。各国国旗が風にたなびかれている様子。

今年、2025年の大阪・関西万博で、再び「三菱未来館」が登場する。
今度は、これからの50年後、2075年の未来が描かれる。

きっとそこにも、AIや自動運転、宇宙との接続といったテクノロジーの話題が並ぶだろう。
でも私は、その中に“装い”の未来を想像してみる。

「似合う」だけじゃない、「誰かを思う」「自分らしくありたい」と願う、
人の心に寄り添うファッションの未来が、そこにありますように。

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この記事を書いた人

無難を選びがちな日本人男性に、色と柄を楽しむことの面白さを伝えたい。褒められることで、自信が芽生える。気分が上がることで、視界が変わる。色と柄がくれる、そんな小さな変化の積み重ねが、きっと“新しい自分”を連れてきてくれる。「ファッションは、自分をもっと好きになるためのもの。」それが、Utsubo Stockの原点です。

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