
先日、ある施設に入居している妻の祖母(96歳)に、7カ月の娘を連れて会いに行ってきました。
小さな手を差し出す娘と、それをそっと握り返すおばあちゃん。
静かであたたかいひとときでした。
私は両親をともに60代で亡くしており、介護や施設について、これまで深く関わる経験がほとんどありませんでした。
だからこそ今回の訪問は、「老いとどう向き合うか」ということを、改めて考えるきっかけになりました。
すれ違う思い
今まで、お客様とお話しする中で感じていたのは、
介護の現場において「本人の思い」と「家族の思い」のズレが生まれてしまうこと。
多くの人が「できるだけ家で過ごしたい」と願います。
その気持ちはとても自然で、家族としても叶えてあげたくなるものです。
けれど、いざ介護が始まると、理想と現実の間にはどうしても埋めきれないギャップが生まれます。
体力も、時間も、お金も、心も――支える側にも限界があるものです。
誰も悪くない。
けれど、その“ズレ”が、あとから苦しみや迷いになることがある。
だからこそ、元気なうちに、少しずつ話し合っていくことが大切だと思うのです。
どんな支えがあれば「家で」過ごせるのか。
それが難しいときは、どんな選択肢があるのか。
準備を重ねていくことで、本人も、家族も、安心して選べる「老いのかたち」が見えてくる気がします。
「家がいい」という言葉の奥には、
“自分らしく、安心して生きたい”という願いがあるのだと思います。
その思いに、どう寄り添えるか。
それが、これからの時代の大きな問いのひとつなのかもしれません。
施設という選択と透明性の必要性

施設では面会時間が定められていました。
感染症対策や生活リズムの維持、職員の業務効率――その背景は色々あるのだろうと想像します。
それでも、介護が家庭で支えきれないほど大変だからこそ施設という選択をした、という現実があります。
施設に入っても、その大変さが消えるわけではなく、支える側の負担は続くはず。
だからこそ、施設が閉鎖的な空間になればなるほど、介護の実態や職員の精神的な負担が外から見えづらくなり、
施設の中で起きている課題が表に出にくくなるのではないか――そんな問いが心に残りました。
運営情報の公表や苦情受付など、透明性を高める制度もあるようです。
けれど、家族や地域にとって「本当に見える情報」になっているかというと、まだ課題が残っているように思います。
もっとオープンに、地域や社会とつながれる仕組みが必要なのかもしれません。
語れる老いへ

そしてこの「介護の話題を家族で共有することの難しさ」は、かつての“がん告知”の話とも、どこか重なるような気がしています。
「ショックを与えたくない」「希望を失わせたくない」――
そんな善意から、家族だけが知り、本人には伝えない。
でも今では、がんの告知は「本人の尊厳を守るために必要なこと」として、自然なものになりつつあります。
介護や施設の話も、同じように、もっと早く、もっと自然に語れる世の中であってほしい。
元気なうちに、老後をどう過ごしたいかを話せることこそが、
自分らしく生き抜くための準備になると感じました。
(※ちなみに、今回訪れた祖母はそのような状況ではなく、落ち着いた環境で、家族との関係も穏やかに過ごされています。
この文章は、これまでお客様との会話や社会の中で感じていたことと、今回の体験を重ね合わせて書いています。)
改めて考える”おしゃれの力”
そして帰り道、ふと頭に浮かんだのは、お店に来てくださるお客様たちの姿でした。
年齢も背景もさまざまですが、皆さんに共通しているのは「おしゃれを楽しんでいる」ということ。
60代で色柄に初めて挑戦する方。
リタイアを機に「ようやく自由に服を楽しめるようになった」と笑う方。
ずっと大切にしてきた方も、もう一度楽しみ始めた方もいます。
みんながリタイアしてから始めたわけではない。
でも、「おしゃれを楽しむことが、心を元気にしてくれる」と感じている人たちです。
おしゃれは、ただ外見を飾るものではありません。
気持ちを整え、前を向く力をくれるもの。
それは、老いを迎える勇気にも、健康寿命を伸ばすきっかけにもなるのだと思います。
「病は気から」と言いますが、それは“老い”に対しても言えることかもしれません。
特に女性は、年齢を重ねてもおしゃれを楽しむ方が多く、それが平均寿命の差にどこか関係しているような気さえします。

だからこそ、私は男性にこそ伝えたいのです。
おしゃれは、人生を前向きに生きるための手段。
年齢を理由に遠ざけるのではなく、
「今の自分に似合うものを、今だからこそ楽しむ」という選択をしてほしい。
ほんの短い時間でしたが、あの場に立ち会えたことで、
老いをどう迎えるかという問いと、豊かに生きるということの意味について、深く考えさせられました。
どんな年齢になっても、自分らしくあること。
そして、そんな生き方を支えるものとして、“おしゃれ”がそっと寄り添ってくれる未来であってほしいと、心から願っています。

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